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はいさい!呼夢三線広め隊のみなささん。お元気ですか?沖縄(八重岳)の桜祭りは2月7日までですが、今年は例年より開花が遅かったので、2月中旬ごろまで花見が楽しめそうです。昨日、今日とまた肌寒くなりました。

投稿内容とは関係ないのですが、最近、あることがきっかけで沖縄料理にハマっています。いつも食べなれている沖縄料理になのにあることをイメージしたら急に美味しく感じるようになりました。さて、あることとは?近々、ブログネタにしたいと思います。

沖縄料理 昆布炒め、クーブイリチャー

沖縄料理 スーチカー(三枚肉料理

さて、本題です。

私にとっての三線の音色は人生のBGMとなった


三線を手にしたばかりの方に私が三線を教えた時に、その人は嬉しそうに笑顔でこう言った。「三線の練習がんばります。楽しんでやります。私にとっての三線の音色は人生のBGMです。」とそう言った人がいました。

私は、なるほどとその時は、深くは考えませんでした。その日から2,3年過ぎた頃には、私も三線の音色は人生のBGMだと今度は、私の言葉で言い続けるようになっていました。

私にとっての三線は、さまざまな出会いを奏でてくれる、気付かせてくれる、きっかけをつくってくれた


想い出を振り返る


今日の私のブログには、facebookには、秋田の仲間、泣き虫の大関くんの写真やその時々に投稿した内容が刻まれていました。最初に手紙をもらったのがかれこれ4年前。えっ、自筆の手紙は私に感動も一緒に与えた。字が汚いのは私と似ているので親しみを覚えた。闘病中であること。末期の癌であること。沖縄の音色、三線を聞きに沖縄に行きたいこと。三線を始めたい。そして、私への想いなどいろいろな気持ちが綴られていました。

(だから、私は少しでもアドバイスが出来る三線講座の動画を撮るようになりました)

そんな想いが免疫力をアップされたのか?治癒力を高めてくれたのか?その後、しばらくしたら一時退院の許可が出たという。私は、彼と会う前からブログを勧めました。YouTubeも勧めました。ITが全く苦手な彼もがんばって自分のことをブログに綴るようになり、また、私の誕生日にはビデオレターが贈れるほどYouTube,ITにも強くなっていきました。三線は一向に上手にならないのに。(笑)

それからも入退院を繰り返しながら、年に何度も沖縄へ、思い立った時に飛んで来ました。こんなことがありました。私が沖縄料理を食べている動画をアップしたら、「それが食べたい!!!」といって、本当に、みんなには内緒にして欲しいと飛んできた時はビックリしました。人間が感じる価値。例え、私が何とも感じない沖縄料理でも彼にとってはとても価値のある料理になったのでしょうね?参考までに、一度食べてみたいと言ったのは骨汁でした。(笑)

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時同じく、4年前の今日も大関君はわざわざこの日の為に沖縄に来てくれました。この日はどんなことがあったのか?呼夢三線広め隊も発足して、まだ1年も経っていない頃、真栄田章良が首里城辺りからも三線の音色を広め隊と那覇のメンバーを集めての初めての交流会を行ったのです。その日に合わせて、わざわざ遠い秋田から沖縄までやってきたのも彼にとって何かを感じたい価値を感じたからでしょうね。

呼夢三線広め隊 上江田武信

呼夢三線広め隊 上江田武信

呼夢三線広め隊 上江田武信

彼との想い出は、私のパソコンにもYouTubeの動画としても、ブログにもたくさん綴ってあります。彼から貰った最初の手紙と最後の手紙は、自分の命がもう長くないことを悟った内容でした。だから、最後は、ただただ、ありがとうとごめんなさいの言葉が沢山使われていました。

シンミリとする投稿になってしまいましたが、命には寿命がある。期限がある。

もし、その時、もう明日は会えないとわかっていたら、もっと私も感謝の気持ちを伝えたでしょう。もう2度と会うことがないとわかっていたら、もっと、自分の生きてきた証を記録に残すことを強く勧めたでしょう。何故ならば、共有の魂が宿った精神が生き続けるからです。

今、私が会う人ごとにブログを勧めるのは、YouTubeに自分の物語のような三線愛を発信んすることを進めているのは、多くの人たちが三線愛、沖縄愛をきっかけに多くの気づきがあり、学びがあり、出会いが生まれる。そして、出した小さな勇気が後々、お金では買えないモノがたくさん後から追いかけてくることを私は経験したからです。

ただ、ただ、無意識に発信することと、意識して、何かを感じて発信するのとは小さな違いが大きな違いになると思っています。とくに、三線がきっかけで家族の、夫婦の、友達の、仲間たちとの撮ることも無かったであろう想い出を大切に保管したくなる習慣が身に付いてきます。わかりやすくいうと、その時々一所懸命、一緒懸命に同じ時を過ごした想い出をいつでも引き出せる宝物になります。

もう諦めていた。自分の命の期限はもう長くない。そう思って、感じて、医者に相談したら、調子が良いから行って来いと背中を押してくれた。初めて沖縄入りする大関君の為に私は仲間を集めた。その時、まだ大学生の圭も偶然に沖縄入りしていた。

どうしても、会いたかった理由、沖縄へ来たかった理由を真栄田さんのカメラが捉えていました。





その日から、年に3回も、5回も飛んでくるようになっていたことを過去の動画にも記録されていた。



想い出を振り返りながら、改めて思いました。
ビギンの歌じゃないけど、世界の一大事は誰でも知っているけど友達の一大事には気が付いていない。夫婦にも、親子にも当てはまることだ。


偶然の今日の出会いもきっと巡り会う必然が必要があったから。そんなことを意識したら、全国にたくさんの友達の増やし方を沖縄の三線は私に気づかせてくれました。


人生のBGMを奏でる。
これから私は、三線動画に加えて、沖縄の魅力をたくさん世界へ発信していこうと思います。発信する方法を知らないという人には教えようと思います。自分の物語は自分でBGMを奏でる。そんなことが出来るだけでもあの当時は夢にも思っていませんでした。


最後に、大関君
天国から見守って、応援していると言った最後の手紙の通りに応援されている感じを波動で感じています。
ごめんね。そして、本当にありがとう。
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