呼夢三線広め隊 てぃんさぐぬ花Tシャツ

悲しみも、寂しさも、辛いことも・・・。
深く腹の底から吐き出して・・・。
喜び、楽しみ、感動の元になる愛を深く胸がいっぱいになるまで新しい息吹を吸い込む。
出さなければ入らない。出し切らないと入らない。
三線と沖縄と出会ったお蔭で、新たな気持ちになり、人生観が変わったとお手紙を貰った時は嬉しかった。
私がてぃんさぐぬ花を歌い続けている理由です。


投稿者:上江田武信
沖縄県

沖縄の音色(旋律)三線の音には力がある。沖縄の言葉にも人の笑顔を増やしてくれる力がある。


だから、私は三線愛と沖縄愛を広めています。

とくに、戦後沖縄では、三線の音色が、言葉に力がある沖縄の歌が、悲しみで、途方に暮れている人たちの笑顔を取り戻す力を発揮したと思う。戦後、間もなく直ぐに、生きている人たちにメッセージを発した。「命(生き抜いた)祝いをしよう」と。

その辺りの頃からなのか?

命(ぬち)どぅ宝

と沖縄の人たちはよく使う。


私も人生の大ピンチの時に、笑顔を忘れていた時に、時間が止まったかのような日々を過ごしていた時に、すべての負の感情を紛らわしたくて夢中にしてくれたのが三線の音色を奏でることだった。まるで讃美歌を唄うかのようにてぃんさぐぬ花を歌っていた。私も余命半年と母の宣告を受けた時と同じように、最愛のお父さんの余命が半年であることを宣告されて、最愛のお父さんを亡くした娘の時間と笑顔が無くなった時にのりこさんも三線と出会ったようです。

昨日、その方からビデオレターを頂きました。わぁ、笑顔になっている。楽しそうに三線を弾いている。ブログも閲覧してくれているようで、上機嫌のことを3つ想像したら私にビデオレターを贈ることを思い付いたそうです。
嬉しかった。

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いつか、お父さんのことを聞かせて頂こうと思います。落ち込んで、悲しくて、毎日泣いて、時間も笑顔も止まっていた娘が三線弾き、沖縄の歌を唄い出したら笑顔になれた。人生観まで変わったって、嬉しいメールが届いた。
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彼女のブログへ行ってみた。ブログもあの日から止まっている。12月22日はのりちゃんの誕生日。三線を手にしたからには、再起動がしやすい。何度だって脱皮も出来る。ビデオレターは後程、このページに追加しようと思います。本人の許可を得ているので。


以下、ブログをシェアします。

サリ、ウートートゥ



早いもので、父が亡くなって、間もなく三七日(みなのか)を迎える。

朝目覚めても何もする気になれない。
ここ数ヶ月は、父の顔と頭を洗い、ヒゲを剃ることが日課だった。父の温もりを感じることができる幸せなひと時だった。

今日も庭先で野鳥がさえずっている。
今まで鳥のさえずりなど、あまり気に留めることもなかったが、最近は殊の外敏感になってしまった。

父はカラオケでよく『千の風になって』を歌っていた。

♪朝は鳥になってあなたを目覚めさせる♪

もしかしたら、庭先の鳥は父なのかもしれない。
「パパがいつもそばにいるんだ。」と前向きに捉えることができたら、どんなに楽だろう。しかし、今の私にはとうてい無理なことである。
鳥のさえずりを聞くだけで、涙が溢れてくる。

今日も何もすることができないまま、昼になってしまった。

つづく・・・。
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