呼夢三線広め隊 平良

まるで導かれたような繋がり、出会いでした。


神奈川県 平良憲彦

私が三線を始めたきっかけは、妻とオジーのおかげだと思っています。
私は、沖縄生まれ沖縄育ちですが、仕事で18歳から横浜に行きもう今年36歳になりました! 考えてみると、もう半分位は横浜で生活しています。 横浜にきて14年目の年に沖縄に遊びに帰った時でした。

オジーが私に三線をくれたんです。 当時の私は三線に全く興味が無く、ただ飾っているだけでした。
数年後、ふと三線にたいして興味が出てきました。何故だかわかりません。 妻に三線やってみよーかなぁ…とつぶやいてみると、妻がYouTubeでいろいろ見ていたらしく、「ノーリーこんな素敵なおじさんがいるよ」と一つの動画を見せてくれました。



はい、言うまでもありませんが呼夢隊長の動画です! あれ以来、妻と私は寝る前に隊長のYouTubeを見るのが日課になってました。 今度、沖縄に帰った時は広め隊に入隊してみるか?と話をしていました。



しかし、その翌年、妻は他界してしまいました、私は納骨の関係で沖縄に帰りました。もう何もする気にならなかったんですが、妻との約束を思い出しました。 「今度沖縄に帰った時は一緒に呼夢三線広め隊に入隊しよう!」 私はその約束をはたすために、隊長の所へ[アポも無しで行き、妻と一緒に入隊しました。

すぐに妻にも心に手を合わせて報告しました。 あの当時は顔には出しませんでしたが本当に何もやる気がなく、どうでもいいと思っていた時期でした。呼夢三線 広め隊に入隊後、隊長からFacebookやYouTubeこと、三線の楽しさなど色々と教えて頂きました。

横浜に帰ると、広め隊繋がりであっという間に仲間が出来ました。 それは本当に自分にとって立ち直るきっかけにもなり、大きな心の寄りどころでもありました。
それから、三線を真剣にやってみようと思い今、頑張ってます。楽しんでいます。

三線繋がりで知り合う人々は皆素晴らしい方たちばかりで、三線をやって良かったと本当に思います。 広め隊のメンバーも皆さん暖かい方達で、困った事があっても助けてくれる仲間もいます。

自分が頑張れるのもその仲間がいるからだと思います。定期的に行われる オフ会やイベントも楽しいだけではなく、色々勉強になったりもします。 今思うと、私が寂しくないように、頑張っていけるように、妻が導いてくれたのだと思っています。

オジーがプレゼントしてくれた大切な三線。そして、妻が導いてくれた呼夢三線広め隊



オジーがビックリするくらい三線を弾けるように頑張ります。
天国の妻に届くように、聞こえるように今日も唄いました。

愛さんどー(あいしているよ、ゆか)
てぃんさぐぬ花 (お母さんいつもありがとう)

妻が教えてくれた呼夢三線広め隊。これからも三線の楽しさ、広め隊メンバーとの繋がりを大事にしていきたいと思います。

妻の想い、願い、夢は息子にもバトン(三線)を渡しました。

呼夢三線広め隊

呼夢三線広め隊

今回のてぃんさぐぬ花大会。親子で歌いました。妻も傍で息子と歌っているように聞こえました。孫の為に人前には決して出ない母が孫のために踊っています。妹がカメラを回しています。
今回の多くの広め隊との出会いも、また、妻の導きなのかな?



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