私のブログでも投稿しましたが、改めてここでもシェアして紹介しようと思います。

沖縄の人と同じように、いや、沖縄の人たちが感じる以上によく伝わる沖縄の歌がある。
感動するメッセージを今日も受け取りました。
想いは早く伝えた方が良い、語った方が良い。想い出は残したほうが良い。とくに、今、元気なうちに子が思う親への感謝。

投稿者:上江田武信
沖縄県

メッセージ:宮本さん


改めて、母ちゃんありがとう。57歳になったよ


私はこの母から34歳の時に生まれた。偶然ですが、34といえば三線(さんしん)だ。偶然ですが、最後に母親との想い出をまだ見ぬ孫たちに、曾孫たちに、私と母との想い出に、記録に残そうとYouTubeをはじめた。でも、あの時は勇気がなかった。誰もやっている人がいない。

勇気を出すのがちょっと遅かった。想い出を記録した映像が少なすぎる。
母との想い出の写真

でも、そんな数少ない動画が同じように、悔いを残している人たちにメッセージを伝えてくれている。感じ方も伝わり方も人それぞれ。受け取り方も人それぞれ。

改めて、母ちゃん。ありがとう。って、心に手を合わせました。

私ががんばれる理由、がばろうとしている理由は、下記のようなお手紙やメールが届くからです。初めて、会って心を打ち明ける人もいます。まだ、会ったこともないのに心を打ち明けて、夢も語る人もいます。

出会いには、絆には、時間は関係ないのかな?同じ想いであれば・・と、思うようになりました。
1779737_888171637893720_2151731337760582278_n_20151124160129206.jpg

下記のメッセージがまた、明日への私の希望にも力にもなりました。そんなメールが数えきれないほど届く(供養)ようになりました。

以下、最近、呼夢三線広め隊の仲間入りした方からのメッセージです。


私の母は、父が自宅で入浴させている最中(父はほとんど自力で母を介護しており、一緒に浴槽に入っていた)父の腕の中で心不全を起こして亡くなりました。その 父も数年間一人暮らしを続けた後、今度は餅を喉に詰まらせて一人で逝ってしまいました。なので私たち兄弟4人誰も死に目にも立ち会えず、二人ともまるで遠慮するかのように逝ってしまった のです。

上江田さんは最後お母上を喜ばせることができて本当に良かったですね。変な話しですが、親を亡くすと、今度は自分の番なんだなって嫌でも自覚せざるを得ない。色んな事実が自分が老化している現実を突きつけてくる。僕の勝手な思い込みかも知れないけれど、人生が有限だってわかると、何故上江田さんがあそこまでエネルギッシュに頑張れるのか理解できるように思えます。

ジリジリして、もう一時も待っていられない、まだ体も頭も働くうちに何かやっておきたい、親にもらったこの命、きちんと使い切りたい。東京の実家は処分してしまってもう帰る所もないが、これからは私が好きな所が私の故郷。てぃんさぐの花、下手くそでもそれなりの思い入れを持って唄わせていただきますよ。夢を実現する為には健康も大切ですよ。上江田さん、時にはしっかり休みもとってこれからも頑張って下さい。


私は、最後にこんなふうに大恩人を見送りたかった。

スポンサーサイト
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する